宗教者は遺族ケアを にかほで自殺考える講座
河北新報の記事より<平成20年12月3日>
~ここから引用~
宗教者と自殺のかかわりを考える市民講座が先日、秋田県にかほ市の象潟公民館で開かれた。宗教者は葬儀を執り行うことで、遺族と接する機会は多い。主催した市内の牧師横山学さん(48)は「遺族のケアや自殺予防活動を、宗教者はもっとサポートできるはず」と問題提起している。
東京都の牧師大塩清之助さん(81)は、ある牧師に「夫は天国に行けるのか」と尋ねた妻が「さあね」と突き放され、心の病に陥った事例を紹介。「遺族に安心を与えるために宗教者は存在する」と話した。
自殺者の葬儀を取り仕切った能代市の僧侶泉幸一さん(55)は「頼まれれば、自殺した場所でもお経を唱える。遺族の希望をかなえてあげることが、落ち着いてもらうために必要だ」と語った。
僧侶でもある「心といのちを考える会」会長の袴田俊英さん(50)=秋田県藤里町=は「自殺は大きな罪だという僧侶もいるが、追い詰められ、自分の死を怖いと感じなくなった状態は病気であり、罪ではない」と強調。通夜で家族に「病死した人と同じように送り出そう」と伝え、親族には「最も悲しんでいる家族を思ってあげて」と諭した体験も報告した。
~引用ここまで~
<コメント>
自死は、追い込まれた上のものであり、防ぐことのできる死でもある。
ただし、不幸にも救えない自死も多い。
残された家族・親族・知人の深い悲しみは計り知れないが、その個人の葬儀に当たる宗教家の望む姿勢は重要なものあると言える。
宗教家でしかできないことも、きっとある。
いろいろ考えさせられる記事でした。
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コメント
宗教者は心の痛みを救うことの出来る立場だと思います。
投稿: 桜 | 2008年12月23日 (火) 00時16分
桜さんへ。
コメントありがとうございます。
私自身の反省もあるのですが、神職にしろ、僧侶にしろ、「宗教者」であることの自覚が足りないのでは?と思うことがあります。
宗教家としての自覚を持ち、自身の発言に責任をもつ姿勢を確立せねばと思う毎日です。
投稿: まつかぜ | 2008年12月24日 (水) 09時01分